哲学的ゾンビからの脱却、第三弾は『もし最後だったら』についてです。
僕らが哲学的ゾンビから脱却するには、行動を意識すること、初めて行うようにすることをお伝えしました。
今回は初めて行うことの逆で、もし最後だったらと考えることについて記していきたいと思います。
例えばここに1杯の水があるとします。普通だったら喉が渇いたと思って、無意識的に飲んでしまうことでしょう。しかしその水を意識なく飲み干してしまう前に、もしこのコップ1杯の水が人生で飲める最後の水だったらと思ってみるのです。
もしこれを機に水が一切飲めなくなるとしたら、その水をしっかりと味わい、意識を集中して飲むのではないでしょうか。
そしてその他のことについても同様に想像してみましょう。
もし今日食べる夕食が最後の食事だとしたら、どのように味わうか。
もし今日が人生で最後の仕事だとしたら、どのように仕事をするか。
もし今日が人生で最後の日だったら、どのように過ごすか。
このワークは想像力が高ければ高いほど、リアルに感情を感じることができます。
実際に僕は死刑囚が最後の食事を食べるように、この夕食が最後だと思って食べてみたことがあります。深い感謝の中に、少しの寂しさと悲しさが混じった色彩のあるリアルな感情をしっかりと味わうことができました。
ワークをするにあたっては最後の日だけでなく、ラスト1週間や3ヶ月など自分にとってイメージしやすい期間を設定してもらって大丈夫です。
例えば、自分の人生が残り3ヶ月だったらどのように過ごすだろう、あと2週間でこの人と会えなるなるとしたらどのように接するだろう、などです。
そして哲学的ゾンビのワーク全般に言えることですが、毎日(頻繁に)やらなくても良いので、時たま想像力を働かせて、一つの対象に意識を集中して行ってもらうのが良いと思います。
限りある人生、終わりを意識して鮮やかな感覚を得られますように。